渡辺えりの ちょっとブレーク

(156)人類の業の愚かさ抽出

2018/4/30 11:44

 新作を書くために仕事場を借りた。起きて洗濯し、食事を作り、食器を洗い、掃除機をかけてと、1人分でも家事はやっぱり大変で、原稿に取り掛かるまで思った以上に時間がかかる。ホテルに缶詰めを続けるとお金がかかるので工夫したつもりだったが、食料を買いに行ったり、家具をそろえたり、音楽を聴くためのコンポを買いに行ったりと忙しく時が過ぎていく。

 資料を観(み)るためにテレビを買ったら、さまざまなソフトがテレビ自体に入っている。ユーチューブで観られるのである。音楽もブルートゥースとかいう無線で飛ばす機械が主流だという。テレビを買うのもコンポを買うのも20年ぶり。時代は想像以上に変化していた。

 窓の外に大木が見え、桜の木だというので部屋を決めたら不動産屋が謝りに来た。

「どうも桜ではありませんでした」

「ええ?では何の木?」

「それが分からないんです」

 がっかりしていたら、緑の葉が付き白く小さな花が満開になった。これで気持ちよく書きあげられると喜んでいたら、おとといの早朝ものすごい機械音がしたかと思うと、その木の半分が切り倒されてしまった。ようやく咲いた花なのに…。気の毒で胃痛がした。道に面しているので近所からクレームが来たのだろう。東京では桜の木も枝が邪魔、花が散るという理由だけで切り倒される。人間中心の都会の冷たさを改めて思った。

 今書いている新作もそんな現代の問題点に警笛を鳴らすような作品である。上田岳弘さんの小説「塔と重力」から発想を得て許可をいただいた。阪神淡路大震災の時に初恋の人ががれきの下に生き埋めになり、自分だけが生き残った。20年経って、涙が零(こぼ)れ落ち、止まらなくなってしまった中年男性が主人公である。

 6月7日から17日まで下北沢の本多劇場で上演する。山形県民会館で高校時代に観た「オンディーヌ」に主演した三田和代さん。音楽座の歌姫土居裕子さん。宝塚の元トップスター久世星佳さん。あまちゃんで共演した尾美としのりさん、「狸御殿」で共演した青木さやかさん、土屋佑壱さん、大地洋輔さん、そして「モアナと伝説の島」でモアナ役の声でブレークしている屋比久知奈さん等々、素晴らしい出演者がそろっている。

 40周年ということでみんな楽しみに出て下さる。23歳の時にも苦しみながら「モスラ」という作品を書き旗揚げしたが、偶然にもその作品とテーマが似ている。「モスラ」という架空の巨大な理想のような形に向かって、人々が煙突の中を高みに向かってはい上がっていくというストーリーだったが、今回モチーフにしている「塔」もそんな、人間が人々の命を犠牲にしても作り上げ登ろうとする巨大な塔が出てくるのだ。

 人類の業の愚かさ、傲慢(ごうまん)さ。皮肉に満ちた小説のエキスを抽出して書きあげたい。震災も原発事故も風化してはいけない。あの日原発事故の映像をテレビで観た時「もう日本は、私たちは消える」と思った。あの恐怖と絶望を今、人々は忘れてしまったのだろうか?

(女優・劇作家、山形市出身)

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