渡辺えりの ちょっとブレーク

(159)今でも胸が熱くなる

2018/7/30 22:00

 まずお詫びしなくてはなりません。

 8月7日山形花笠まつりで踊れなくなってしまいました。どうしても断れない仕事が入ってしまったのです。東京からは山崎ハコさん、大沢健さん、そしてロケット団のおふたりが「渡辺えりと踊ろう。夢見る力の会」で踊って下さいます。6日の村木沢(山形市)での「ハコ&えり」のコンサートは予定通り開催いたします。終了後車で東京に戻り、朝の8時半に羽田空港から海外に飛び立たなくてはならなくなりました。

 昨年から張り切って、皆さんと踊るのを楽しみにしていましたのでとても残念です。そして私と共に踊るのを楽しみにして下さっていた皆さま、本当に申し訳ありません。来年また踊りましょう。本当は、踊るのは今年で最後にしようかと思っていましたが、事情が変わりました。このところ海外に行く仕事が増えています。放映後までお伝えできないのが残念です。次回のこのコーナーでいろいろと報告させていただきます。

 劇団を旗揚げして40年。演劇活動40周年の年もあっという間に半分以上過ぎてしまいました。両親に会いに毎月山形に帰るようにしていますが、今月末にまた両親を見舞って、ジュリーのコンサートを再度やまぎんホール(県民会館)で観たい、聴きたいと思っています。

 7月6日東京の初日に武道館に行き、やはりもう一度山形でも行こうと決意したのです。3〇〇の40周年公演で本番の衣装を担当して下さったスタッフがジュリーの衣装を昔から担当している方で、何とかチケットを取って貰(もら)いました。70歳で冒険を惜しまない沢田研二というアーティストをやはり心から尊敬します。

 山形第六小学校の6年生の頃からのファンで、今までずっと影響を受けて来たこの人が今も元気に、また山形で歌ってくれるのが嬉(うれ)しい。学校で禁止され、行くことのできなかったタイガースのコンサート。解散コンサートの放映を頼みに、友人たちと署名を集め、山形放送まで出掛けた高校生の頃。今、63歳にして、あの頃と同じように胸が熱くなるのはどうしてなのだろう? 今は動画で昔の映像がいつでもふんだんに観ることができる。仕事の後、毎夜毎夜ジュリーの動画を観て、気が付くと朝方になっていることが多い。勉強しなくちゃと思うのについつい聴いてしまうジュリーの歌。

 この、後ろめたい感覚も中学高校と同じではないか。

 40周年の新作の執筆の苦労で7キロも痩せてしまうほどだったので、次の仕事まで羽を伸ばしたいとの思いが強いのかもしれない。そして昔から演劇とアルバイトに明け暮れ、「遊ぶ」ということをしたことがないため「遊び方」が分からない。何でも真面目に没頭してしまう。8月6日にはジュリーが昔私に作って下さった「スペシャルボーイ」も歌います。本当に沢田さんは「スペシャルボーイ」だなあと今つくづく思っています。

(女優・劇作家、山形市出身)

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