渡辺えりの ちょっとブレーク

(164)飽きっぽい私ですが

2019/1/28 21:44

 新年おめでとうございます。1月5日で64歳になりました。18歳で東京に出て46年も経ってしまったとは。あっという間の演劇人生です。まだまだやりたいこと、やれないことがたくさんありますが、人生には限りがあり、次世代の若者たちに後を引き継がなくてはなりません。

 親しい友たちは次々と異世界に旅立ち、気が付くと一緒にやってきた仲間たちも堅気に戻り、家族と温かい暮らしを築いたりしています。気ばかり焦っても芝居は作るのに時間が掛かり、人生の長い時間を費やすものです。

 歳を取ってもコツコツやっていかなくてはなりません。どうか故郷の皆さん、ご理解いただき応援よろしくお願いします。生の舞台はお客さまがいなくては全く成り立ちません。若い頃から山形公演は赤字覚悟でやって参りましたが、今年は黒字になるよう頑張ります。

 8月に3○○(さんじゅうまる)山形公演をやることになりました。山形花笠まつりの後の時期になります。昨年の「肉の海」から1年ぶりの新作で、今回は役者3人で30の役柄を演じるというシュールで面白い作品にする予定です。皆さまぜひお越しください。もうすぐ内容を公表させていただきます。楽しみにお待ちください。

 今月は京都の南座で「有頂天団地」の本番中で、日本でも長い歴史を持つ特別な劇場で頑張っています。京都には父の祖父が住職をしていたお寺もあり、ジュリー(沢田研二)の育った土地ということもあって縁の濃い特別な場所です。山形西高時代に修学旅行で隠れ銀閣寺コースを企画して、8人でジュリーの実家を見に行ったこともありました。迷惑が掛からないようにと住所だけを頼りに探し当てた時の感激は忘れられません。

 劇団を旗揚げして40年。芝居を始めて49年。飽き性の私が今まで続けられたのは、お客さまの笑顔と拍手のおかげですが、子供の頃に影響を受けた多くの方たちのパワーだと思います。

 沢田研二さんは小学6年生の時に級友の木村智子さんの影響もあってファンになり、初めてLPを買ったのが「ヒューマン・ルネッサンス」というザ・タイガースのアルバムでした。レコードを買うのは不良だと母に言われていたので、山形駅前のレコード店の前で何度も行きすぎ迷いながら、勇気を奮って飛び込んで買いました。そしてバロック音楽を知り、学校の図書館で楽典を開き音楽用語を学びました。バッハも対位法もジュリーのおかげで知り、学んだのです。

 今年は5月、6月と「三婆」の再演も大阪と博多であり、出演した映画の公開もあります。詳しくはまたこのコーナーでお知らせしたいと思います。

 愛する山形には毎月両親に会いに来ています。新幹線のおかげで日帰りでも通えます。皆さんにとって本年が素晴らしい年になりますように!

(女優・劇作家、山形市出身)

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