渡辺えりの ちょっとブレーク

(168)山形での公演を夢見て

2019/5/30 21:41

 誰か助けてください。今私は同時にいろいろなことをやらなくてはならず、頭がウニ状態というか、パニックな状態で、自分がどこにいるのかさえはっきりしない状況だ。

 新作「私の恋人」の執筆と、引っ越しの荷解(ほど)き、そして5月31日初日の「三婆」の稽古、日本劇作家協会会長としての仕事を同時に進めている毎日。ああ、どこかに帰りたいのに帰る場所がないような変な違和感を覚える日々が続いている。

 引っ越し荷物は、東京に出てきてからほとんど捨てていない資料や書類、洋服、仕事の衣装、いただいた小物人形などなど400箱の段ボールに囲まれ、息もできない。荷解きする場所もないので、いったん元の家に運びなおし、後で選別することにした。大きな家から狭いマンションに移ったため、仕方がないといえばそうだが、今まであまりに忙しく、片付ける時間もなく、家が物置状態になってしまっていた。

 同じ本が何冊もあるのは、探しきれずに再度購入せざるを得ないからである。この機会に余裕のある暮らしをしたいと思っても、今やらなくてはならない仕事に追われている。新作も早く書きあげたいのに時間が取れない。すべて自分の責任だ。途中までの作品をキャストスタッフに渡したら「とても面白い」との感想。それを信じて、何とか今月いっぱいに書きあげたい。山形公演(8月25日)も本当に成功させたい。

 稽古の立ち回りで筋肉痛がひどく、昔と違って治りにくい。痛みも3日後に来る。3年前の初演では実年齢の役が、今回は役を追い越してしまっていた。劇中で「おばあちゃん、おばあちゃん」と呼ばれるのに傷つくのはまさに、お婆(ばあ)さんになってしまったからなのか? 筋肉痛は脳みそまで達して、切り替えも昔より遅くなっている。しかし、体も脳みそも山形の高校生の時の感覚に戻っているような気がする。良くも悪くも戻っている。感じやすく、傷つきやすく、疲れやすいあの演劇部時代の自分である。

 先日やまぎんホール(県民会館)に打ち合わせに出掛け、思い出話に花が咲いた。公演で観た「ガラスの動物園」、これを観なければ私は今違う仕事をしていたかもしれない。山形西高演劇部定期公演第1回目の「青い鳥」、2回目の「犬神」、そして、新宮登アートスタジオでの発表会などなど、会館とともに歩んできた演劇人生である。11月で利用停止になるという県民会館でやっと3〇〇(さんじゅうまる)の公演ができる。

 山形第六小学校の演劇鑑賞の授業で初めて訪れてから60年近く経(た)って、同じホールでまた夢を作り、夢を見ることができるのだ。

 今が死んでしまうのではないか?と思うほど大変でも、山形での公演を夢見て乗り越えるつもりだ。

 荷解きも終え、整理されたスペースで仕事のできる日はまだまだ先だし、面倒で複雑なさまざまな雑用もなかなか終わりそうもないが、優先順位を決めてコツコツ進めるしかない。若い頃は、困った時は両親がいろいろと手伝って助けてくれたものだった。しかし、今では介護施設。

 ああ、神様! 助けてください。

(女優・劇作家、山形市出身)

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