渡辺えりの ちょっとブレーク

(174)ベトナム演劇、未知の世界

2019/11/30 21:35

 30日初日の舞台「風博士」の追い込みである。東京の三軒茶屋にある世田谷パブリックシアターでの上演で坂口安吾の同名小説が原作のはずであるが、小説の中のどこの部分も出てこない、完全なる北村想さんのオリジナルである。第2次世界大戦中の大陸の話で、終戦を知らずに死んでいった日本人たちの物語と言っていいだろう。

 私は初めて演じる娼婦(しょうふ)の役で、稽古中から重苦しく悲しい心情との闘いであった。演技でも辛(つら)いのだから、実際にそういう目に遭いながら死んでいかざるを得なかった人々のことを思うと胸が潰(つぶ)れる思いがする。

 こんなことが二度と起こらないよう、頑張って演じ切るしかない。

 64歳で30代の役を演じるのも舞台の嘘(うそ)だが、そんな嘘の中から真実を見せていくのが舞台の面白さだろう。

 先日ベトナムの国立劇場の役者たちが日本の演劇人たちとコラボした舞台を観た。

 杉山剛志さんというロシアで演劇を学んだ方の演出の「ワーニャ伯父さん」だ。チェーホフの作品の中で私が最も好きな作品である。モスクワから遠く離れた村で、出世した長男を支えるために黙々と働いて仕送りする弟のワーニャと長男の一人娘のソーニャ。この2人の献身に同情もせず愛しもしない兄のキャラクターは現代社会で権威をかさに着ていばり、庶民の苦労を顧みない政治家や企業のリーダーに見えてくる。

 私の高校時代の山形の人々にも思え、ワーニャとソーニャに感情移入したものだった。

 感情豊かで精神が解放しているベトナムの役者陣が素晴らしく、演出も若いソーニャを自立した一人の女性として描いた新しいものだった。

 ラストシーンで、その時代の秩序に縛られ仮死状態になっていく登場人物たちを、ソーニャが何度も何度もあきらめずに起こして立ち直らせようとする動きを入れた演出が素晴らしかった。本にはないシーンなのである。原作にはない猿たちの動きもユーモアがあり、社会の構造を分かりやすく表現していた。また舞台セットに映し出される字幕も効果を上げていた。チェーホフの台詞(せりふ)の面白さが浮き立った。

 ベトナムの演劇を知らずにいた自分。64歳になってもまだまだ未知の世界は大きい。頑張らなくてはと思った。

 正月5日で65歳になる。山形で誕生日を迎えることができそうだ。

 18歳で東京に出て来てさまざまな苦労を重ねさまざまな仕事をしてきたのに、あっという間に過ぎて年を取ったという実感もない。

 やってもやってもきりがなく、終わりの見えない仕事だからだろうか。

 山形で皆さんと話せる機会があればと願っている。

(女優・劇作家、山形市出身)

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