渡辺えりの ちょっとブレーク

(178)見えない敵に惑わされ

2020/3/31 16:03

 こんなことが起こるなんて! 26日朝までに、全世界で新型コロナウイルスの感染者が40万人になってしまった。こんな事態になるなんて誰が予想できたであろう。東京オリンピック・パラリンピックも延期になり、演劇もコンサートもほとんどが中止。私が出演する新橋演舞場の「有頂天作家」も東京公演の全公演が中止になった。

 演劇は一回性の芸術で、役者たちの生の呼吸を感じながら、観客と熱いひとときを共有できる稀有(けう)な娯楽である。戦争中の爆撃の最中であっても、満員の劇場もあったという。私もチェチェンの紛争の最中にジョージアで小劇場の舞台を観(み)て、感激した。兵士として戦った劇団員の半数が戦死し、生き残ったスタッフ・キャストだけの上演を観たのだ。疲弊し抑圧された人々を勇気づけ、生きる希望を蘇(よみがえ)らせられるのが演劇だとその時に思った。しかし、今の状況は戦争よりも残酷である。目に見えない敵に惑わされ、翻弄(ほんろう)させられる。

 私たち演劇人の無力さを感じ、落ち込む日々である。今のお客さまたちの、先の見えない憂鬱(ゆううつ)な気分を解消し、前向きな精神を取り戻したいと願っても、踏みとどまらざるを得ない。動画配信のシステムは進んでいるが、世の中に物申す台詞(せりふ)や演出を詳細に配信することはできるのか。その仕組みにはそぐわない高齢者たちの集団や観客には、どうやって伝えるのか?

 オリンピック・パラリンピックとの兼ね合いのための初動の判断ミスが、今まで続いているように思える。国民は国に関する報道に翻弄され、最初に心底考える基盤を失ってしまった。

 このままでは餓死(がし)する人も出てくるのではないか?

 演劇界でも小さな集団がどんどん追い詰められていくだろう。私も年内の活動を改めて考え、少しでも早く皆さまに面白い舞台を観ていただけるよう、熟考し、還元したい。

 この騒ぎが弱肉強食を助長させるのを食い止めていきたい。

 山形の高齢者の皆さん、山形のおいしい食べ物をたくさん食べて、空気を吸い、歩き、いつまでも健康でいてください。

(女優・劇作家、山形市出身)

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