渡辺えりの ちょっとブレーク

(179)ああ、山形に帰りたい!

2020/4/30 16:02

 劇場の観客席に座り、高鳴る胸を押さえながら開演を待つ。観客席の明かりが消え、暗闇の中で期待に胸を膨らませる。

 授業で先生に引率され、小学生の頃から出掛けていた山形県民会館。年に何回かの演劇鑑賞会が楽しみでならなかった。生の演劇の魅力は、目の前で生きている人間が呼吸し、汗を流し、泣き笑い、人生の一部を本気で見せてくれることにある。同じ時間を共有し、その場に居合わせた者でなければ味わえない感動を得ることができる。私は幾度も生の舞台の演技、演出効果、ストーリーに、生きる勇気をもらった。

 生の演劇の魅力を知ったことで、今日まで生きてこられたと思っている。県民会館で観(み)た「ガラスの動物園」に救われた話は、このコーナーで何度も書かせていただいた。この世を生きづらいと感じている人たちのために役者になろう、お客さまに喜んでいただきたい、と願うようになった。以来、熱があろうと、骨折しようと、お客さまの笑顔が見たくて舞台に立ち続けてきた。

 仕事のため、さまざまな犠牲を覚悟してきた。劇作・演出は苦労も多いが、それだけにやりがいのある豊かな仕事だと思っている。しかし、新型コロナウイルスの感染防止のため、ほとんどの舞台が中止か延期になり、お客さまにお見せできない状態にある。

 マスコミの仕事もほとんどが中止で、家にこもりながら雑事に追われている。自分の選んだ仕事の価値観が覆されるような、こんなことが起こるとは。対話や接触のない暮らし。こんな時だからこそ、皆を励まし喜んでもらいたいのに。

 日本劇作家協会の会議もパソコンで。話し合いはできるが、差し入れのせんべいを出したり、お茶を配ったりすることができないし、隣の人の肩をたたいて笑うこともできない。昭和生まれのおせっかいな年配にとっては、厳しい状況が続く。

 作家だから引きこもって書けば良い、と思われるかもしれないが、書きたくてもコロナのことしか浮かばないという異常事態で、何かぼんやりしてしまい、熱も全くないのに、感染しているのではないか?という不安が付きまとう。

 こんなに休んだことがないほど休んでいるのに、書く仕事も何も進まない。一番苦しいのは、故郷の山形に帰れないことだ。今の季節は花々も美しく、食べ物もおいしいのに。そして両親に会えないのがつらい。温泉にも入れない。東京の部屋で郵便物や領収書、引っ越し後も終わらない整理と、猫の世話をしている。

 突然の休止状態。今まで私は何をしてきたのだろう。上京を決意し演劇の夢を見ていた頃に戻ったようだ。夢ばかり大きく、情熱だけで生きていた、やりたくても何もできずに悶々(もんもん)と過ごしていた、若い時代である。芝居がしたい。歌いたい。働きたい。今は我慢するしかない。

 いつも私の舞台を観に来てくださった岡江久美子さんが新型コロナのために亡くなってしまった。私よりも2歳年下で、弟と同い年である。娘さんの大和田美帆ちゃんはオフィス3○○(さんじゅうまる)の舞台「天使猫」で宮沢賢治の妹「トシ」役を演じていただいた。今年3月と4月に上演予定だった「有頂天作家」でも共演予定で、必死の稽古を重ねた仲間だ。「悔しくて残念でしかたない。でもママの死を無駄にはしません」という気丈な返信をいただいた。純粋で本当に芝居を愛している女優さんである。どれほどのショックか、悲しみか。それを思うと胸が詰まる。

 医療機関で働く皆さま、本当にお疲れさまです。今は皆で支え合い、急用以外の外出も我慢して乗り越えましょう。

 ああ、山形に帰りたい! 家族、友人に会いたいです。

(女優・劇作家、山形市出身)

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