談話室

▼▽山形大付属博物館の収蔵品に幕末の飛島(酒田市)のタラ漁場を記した絵図「東沖(ひがしおき)鱈(たら)漁場図」がある。1855(安政2)年の飛島・鈴木家文書を、元小学校長の原田磐穂(いわお)が1943(昭和18)年に書き写したものだ。

▼▽筆写を指示したのは初代館長の長井政太郎。同館によると、飛島の漁師たちは陸地の目印を見て自らの舟の位置を確認する「山当て」の技法を使い、各村に割り当てられた漁場でタラ漁にいそしんでいた。目印としたのは飛島の海岸べりや林、庄内・秋田方面の山々である。

▼▽長井の著書「飛島誌」によれば、島では当時、タラ漁場の境界を巡り村同士の論争が続いていた。真冬のタラ漁は危険ながら重要な生業(なりわい)で互いに譲れぬものがあったようだ。彩色された絵図からは漁の秩序を保つため関係者が知恵を絞って漁場の位置を定めたことが窺(うかが)える。

▼▽さて今が旬のどんがら汁は元々、新鮮な寒ダラのあらだけを鍋で煮て、みそで味付けした素朴な浜料理だ。命懸けで取ってきた寒ダラを余すところなく使い切りたいという漁師の想念が込められていよう。先人の労苦に思いをはせて食すどんがら汁も味わい深いはずである。

(2022/01/28付)
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