談話室

▼▽夏目漱石の小説「吾輩は猫である」は、人間社会への批判や風刺に富んだ笑いの文学だが、第9章は重々しい言葉で始まる。猫の吾輩が「主人は痘痕面(あばたづら)である」と切り出し、「はなはだ気の毒である」と同情を寄せる。

▼▽吾輩を飼っている英語教師は天然痘を患い、顔にあばたがある。文豪も同じだった。小森陽一東京大名誉教授の近著によれば、漱石は幼少時に予防接種の種痘を受けたものの、天然痘に罹患(りかん)し右頬にあばたが残った。心身の暗い傷痕は自伝的小説「道草」にも記されている。

▼▽「三四郎」では主人公がインフルエンザにかかり、「それから」では作中の人物が腸チフスで亡くなる。明治-大正期は、コレラなどの伝染病が日本全国へと広がった時期である。漱石の代表的な小説では、感染症が重要な時代的枠組みになっていると小森さんは解説する。

▼▽コロナ禍の昨春、中国大連市は友好都市の北九州市に医療支援のマスクを贈り、漱石の句を添えた。〈春雨や身をすり寄せて一つ傘〉。互いに協力し感染症を防ごうとの励ましだった。疫病の収束が見えぬ中、世界の人々が共感できる句といえよう。きょうは漱石忌である。

(2021/12/09付)
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  • 12月9日
  • ▼▽夏目漱石の小説「吾輩は猫である」は、人間社会への批判や風刺に富んだ笑いの文学だが、第9章は重々しい言葉で始まる。猫の吾輩が「主人は痘痕面(あばたづら)である」と切り出し、「はなはだ気の毒である」と同情を寄せる。 [全文を読む]

  • 12月8日
  • ▼▽「帝国ハ米英二国ニタイシテ戦闘ヲ開始シタ。老生ノ紅血躍動!」。1941(昭和16)年12月8日、歌人斎藤茂吉(上山市出身)は日記に書いた。言うまでもなく、旧日本軍による米ハワイの真珠湾攻撃の日である。 [全文を読む]

  • 12月7日
  • ▼▽ドンといえば、業界や地域などで顔の利く有力者である。そんな一人らしい新潟の県議の声とされる会話がテレビで話題だ。「早く必要経費をまこう。2千万円や3千万円出すのをもったいながったら、人生終わるよ」 [全文を読む]

  • 12月6日
  • ▼▽放送作家の小山薫堂さんは自らを追い込むことでひらめくタイプだという。大好きなサウナに入る時は「アイデアが一つ浮かんだら、褒美としてサウナから出ていい」という決まりを課して構想を絞り出すこともある。 [全文を読む]

  • 12月5日
  • ▼▽酔いに任せて作った即興歌が始まりだった。1975年のある晩、芥川賞作家森敦の自宅アパートの一室で、広告代理店に務める28歳の青年がギターを弾きながら口ずさんだ。「ながく庄内平野を転々としながらも…」 [全文を読む]

  • 12月4日
  • ▼▽本紙くらし欄に「献立のヒント」がある。家庭の献立のアイデアを提供するレシピ 記事だが、2009年から料理の分量が変わった。4人分から2人分になった。2人世帯や単身世帯が増え、家族像の変化を考慮した。 [全文を読む]

  • 12月3日
  • ▼▽歌舞伎役者なのに、若い頃「着物が似合わない」と言われていた。先輩に教えを請うたら「普段から着ることです」。2年ほど、電車でも銀座の街でも着物で通した。視線を集めたが、体が自然になじむようになった。 [全文を読む]

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