談話室

▼▽英国の農村に言い伝えがあった。乳搾りをする者が軽症で済む牛痘に感染すれば天然痘にはかからない―。これを手掛かりに医師ジェンナーは研究に乗り出す。まず牛痘感染者の発疹から取った液体を少年に接種した。

▼▽頭痛などの反応が出たが、間を置いて天然痘患者のうみを接種しても病変は現れなかった。人から人に伝達された牛痘ウイルスに天然痘の予防効果が認められたのである。人類初のワクチン「牛痘種痘」は18世紀末に考案され、幕末の日本に伝わり各地の蘭方医らが広めた。

▼▽元をたどれば牛に行き着く種痘の効果を理解してもらうのは難儀だったに違いない。江戸の医師桑田立斎(りゅうさい)は、牛の背に乗った幼児がやりで疱瘡(ほうそう)神を退治する姿を描いた引き札を親たちに配り、牛痘種痘を受ければ、死に至ることも多い天然痘の恐怖から解放されると説いた。

▼▽本県でも新型コロナワクチンの医療従事者向け接種が始まった。かかりつけ医がいる高齢者は、インフルエンザのワクチン接種率が高いとの報告もある。身近な医師が自身の体験を踏まえてコロナワクチンの意義を説明してくれれば、被接種者の不安は必ずや和らぐだろう。

(2021/03/06付)
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  • 3月6日
  • ▼▽英国の農村に言い伝えがあった。乳搾りをする者が軽症で済む牛痘に感染すれば天然痘にはかからない―。これを手掛かりに医師ジェンナーは研究に乗り出す。まず牛痘感染者の発疹から取った液体を少年に接種した。 [全文を読む]

  • 3月5日
  • ▼▽使い込まれて色あせた鞄(かばん)やブドウ糖の注射液が入ったアンプル。大井沢診療所を守った医師志田周子(ちかこ)の遺品である。歌手岸洋子の直筆の原稿は膠原(こうげん)病に悩みながらもカムバックを諦めない闘志がペン字で綴(つづ)られている。 [全文を読む]

  • 3月4日
  • ▼▽石川啄木の第2歌集「悲しき玩具」は肺結核のため26歳で没した2カ月後に刊行された。闘病から最期を迎えるまでの生活を詠んだ歌は、必然的に哀調を帯びる。ほほ笑ましいわが子の成長ぶりが題材だったとしても。 [全文を読む]

  • 3月3日
  • ▼▽一隊が越冬のために津軽海峡を南下し、陸奥湾の奥の海岸に羽を休めると、住民は「今年も無事でなあ、待ってしたじゃあ」と目を潤ませながら声を掛けた。鳴き声が返ってくると「そら、お使いさまがご返事した」。 [全文を読む]

  • 3月2日
  • ▼▽平安時代の文学に「ひひなあそび」という言葉が出てくる。「ひひな」は貴族の装束をまとった人形(ひとがた)で、祭儀で用いられた。子ども用の紙製ひひなも装束を着せられ、宮廷の儀礼を模倣する遊びだったのではないか―。 [全文を読む]

  • 3月1日
  • ▼▽奥州の安達ケ原には鬼がいて人を襲う。謡曲「黒塚」は古くからの伝説に材を取った。女が独り住まう野辺の庵(いおり)で、旅の山伏が一夜の宿を請う。女は「閨(ねや)はご覧にならないで」と言い残し、客人の薪(たきぎ)を取りに出掛ける。 [全文を読む]

  • 2月28日
  • ▼▽現在の東根市六田周辺はかつて紅花生産の中心地であった。当地生まれの画家青山永耕が幕末に描いた「紅花屛風(びょうぶ)」(山寺芭蕉記念館所蔵)には紅花の栽培風景と染色用となる紅餅作りの工程が克明に描写されている。 [全文を読む]

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