治療の“窓”が広がっていく

 山形大学医学部が設置を進めている、重粒子線によるがん治療施設「東日本重粒子センター」は、稼働まで1年を切った。東北・北海道エリアでは、初となる施設。これまでがん医療において数々の先駆的チャレンジを展開してきた山形大学医学部は、その“武器”を一つ増やすことになる。そして、山形県のみならず東北の患者にとって、がん治療の選択肢が広がる。東北のがん医療最前線と、医療の現場で汗を流す人々を紹介する。(2019.8.28 山形新聞掲載)


1)がんに挑む山形大学医学部

重粒子センター導入の意義

東北・北海道で初の治療施設 地域からの期待も大きく

 重粒子線がん治療は、放射線治療の一種で、炭素イオンを加速器で光速の約70%まで加速し、がん病巣に狙いを絞って照射する。傷も痛みもないなど体への負担が少ない最先端の治療法として、山形大学医学部は2005年から導入を計画。国の予算を獲得した15年より、山形大学オリジナルの装置開発に取り組んできた。17年には同大学の飯田キャンパス内で建物の工事が着工した。

 “山形モデル”は、これまでの課題解決を目指す、まさに次世代の治療装置だ。重粒子線治療は、効果やメリットも大きいが、装置自体が大型であるため莫大な初期投資や用地を必要とする。今回は、こうした負担と、さらにはランニングコストの軽減を目指し、設備のコンパクト化と省電力化を図った。また、患者が楽な姿勢で治療を受けられるよう、装置が回転するシステムを開発した。附属病院と隣接しているため、がん以外の病気があっても総合的に治療を受けられる点も患者にとってメリットだ。さまざまな改良を加えたこの“山形モデル”は、韓国の大学に導入が決まるなど海外からも注目されている。

 重粒子線治療といえば、治療費が高額というイメージがあるが、公的保険の適用が広がっている。既に前立腺がん、頭と首のがんなどは健康保険の対象となっており、高額医療制度も適用した場合、手術など他の手段と大きく変わらない費用で治療を受けられる。こうした最先端の施設に地元が寄せる期待も大きく、山形県、山形市をはじめ35市町村や、東北経済連合会、企業や個人などから多大な支援が寄せられている。科学技術と医療の融合により日本で生まれた治療法が、ここ山形で発展し、世界へと展開されていく。


嘉山参与からのメッセージ

嘉山孝正
山形大学医学部参与
山形大学医学部東日本重粒子センター運営委員会委員長
国立がん研究センター名誉総長
P1_kayama.jpg かやま・たかまさ=神奈川県出身。1975年東北大学医学部卒。専門は脳神経外科。94年に山形大学医学部に着任し、附属病院長、医学部長を歴任。2010年から国立がん研究センター初代理事長を務めた。日本脳神経外科学会第4代理事長。

この山形から世界へ― 最良の先端医療を求めて

 私が医学部長に就任した2003年から「がん」を教育、研究、臨床の中心に位置付け、国立大で初となる「がんセンター」を開設するなどさまざまな取り組みを進めてきました。重粒子線がん治療装置の導入も、その延長線上にあります。重粒子線治療は、次世代のがん治療の切り札となるもので、山形に設置するからには、最先端のものでなければなりません。“最良”を求め、コンセプトと設計を一から検討しました。日本の技術の粋を集めた、世界に発信するにふさわしい一台が、山形に誕生することになります。山形のみならず、東北圏総意のプロジェクトであることの責任を実感しながら、東北の各医療施設とのネットワークを大切に進めていきます。

 同時に山形大学は、これからのゲノム医療でも先端を走っています。個々の患者さんに最適な「個別化医療」の提供、創薬や予防法の研究開発にも力を入れています。地域に根差した「山形コホート研究」も山形大学の特色で、強みの一つです。こうした他にないものに挑戦し続けるのは、他ならぬ学生たちに夢と誇りを持ってほしいから。その誇りこそが、山形で活躍したいと願うモチベーションになるでしょう。また最新のがん治療装置は、それを研究したいと願う人材も集めます。次世代の医療を担う人材輩出を第一に、常に“最良”を求め、山形を世界に発信していきます。