やまがた橋物語

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吉野川後編[8]

◆湯河原橋(南陽)

湯河原橋(南陽)の写真 登校の赤湯中生徒が湯河原橋を足早に渡っていった。上流(右奥)に青い欄干の妹背橋が並行するように吉野川をまたいでいる=南陽市椚塚

 赤湯温泉のある同市ならではの名を持つ国道113号の湯河原橋。赤湯中への通学路でもあり、生徒や地域住民、車両の往来が多い。1955(昭和30)年に完成。長さ33メートル、両側歩道を含めた幅は12.4メートル。歩道の柱に「昭和45年竣功」とあるように、交通量の増加で歩道は後から増設されたらしい。近くに住む妹背地区長の平光敏さん(66)は「字名の湯河原が名前の由来ではないか」と語る。

 赤湯中創立50周年記念誌(97年発行)に、開通当時の文集からの転載として「学校前の新道(現国道113号線)に吉野川にかかる待望の橋が完成した」と喜びを伝える一文があり「それまでは妹背橋が通学路で、土手伝いに歩いて登下校をした」と紹介されている。中学校の対岸には、赤湯小が2003年3月まであった。

 湯河原橋と花見橋の間で吉野川をまたいでいるのが妹背橋(長さ34.8メートル、幅4メートル、70年完成)。川のせせらぎがよく聞こえる落ち着いたたたずまいだ。平さんによると、川西町小松へと続く街道上の橋で、重要路線だったという。「架け替え前は木製の橋。川底が深く、プール代わりに飛び込んだりしたものだ」と懐かしそうに振り返った。

2011/11/15掲載
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