やまがた橋物語

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吉野川後編[10]

◆羽黒橋(南陽)

羽黒橋(南陽)の写真 国道13号赤湯バイパス工事で架けられた現在の羽黒橋。後方の高台に名前の由来となった羽黒神社がある=南陽市椚塚

 羽黒橋は国道13号「赤湯バイパス」(同市長岡-鳥上)整備に伴って建設されたコンクリート橋で1959(昭和34)年に完成した。長さ43メートル、幅10メートル。さらに東側に米沢南陽道路へと接続する南陽バイパスが開通した今でも交通量が多い重要路線だ。上流側には歩道橋が架かっている。

 橋を見下ろす西の高台に鎮座する羽黒神社が名前の由来。地元椚塚一交友会がまとめた「ふるさと今昔 椚塚史話」などによると、平安時代に藤原公清の孫佐藤右兵衛介がクヌギの山に館を築き、石のほこらを建てて天下太平、五穀豊穣(ほうじょう)を祈願したのが前身と伝えられる鎮守の社。今でも春と秋の例祭、11月15日の年越祭などに氏子が集う。

 「やや下流に、地域住民が羽黒橋の名で呼ぶ幅4メートルほどの木橋があった」と、交友会副会長の長嶋幸一さん(83)。椚塚史話や南陽市史の年表から、この旧橋が吉野川の氾濫で度々流失したことがうかがえる。消防団だった長嶋さんらは、流れてきた木材などのために橋脚が壊されることのないよう、撤去作業に苦労したと振り返る。その後、大掛かりな河川改修や新橋によって、以前のような水害の心配は解消された。

2011/11/17掲載
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