やまがた橋物語

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吉野川後編[1]

◆寺橋(南陽)

寺橋(南陽)の写真 快晴の秋空に映える寺橋。後方の山の中腹に東禅院の伽藍(がらん)が見える=南陽市金山

 旧県道山形南陽線から石の門柱の立つ細い道へと入ると、赤い鉄製のつり橋「寺橋」が現れる。鮮やかな紅葉の山腹にある曹洞宗「東禅院」へ続く道だ。長さ36.3メートル、幅2メートルで歩行者専用。1967(昭和42)年に完成した。両岸の計4カ所に約2.5メートル四方のコンクリート製アンカーが据えられ、太いワイヤが橋を支えている。

 東禅院の栗原晴峰住職(64)らによると、つり橋以前の木製の橋は吉野川の氾濫で度々流失した。檀家(だんか)からの架け替え資金のお布施を町村合併前の宮内町に寄付し、建設されたのがこの橋だ。当時は珍しく、はしゃぎながら渡る子どもたちの姿が見られたという。

 近くの中北集落にはコンクリート製の中北橋(74年完成、長さ35メートル、幅4メートル)がある。地域住民の生活に欠かせない橋で、東禅院を車で訪れる人は迂回(うかい)路として利用する。

 中北集落周辺には昔、対岸の畑地などへ渡るため個人で架けた橋が3本あったという。流されることが多く、やがて住民が共同で橋を造るようになり、現在は市が整備したこの橋1本だけとなっている。さらに上流の片岡には、中北橋と同時期の片岡橋(73年完成、長さ35メートル、幅4メートル)がある。

2011/11/07掲載
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