やまがた橋物語

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吉野川前編[6]

◆坊ケ里橋(南陽)

坊ケ里橋(南陽)の写真 宮内方面から小滝集落への玄関口となっている(新)坊ケ里橋。右奥が(旧)坊ケ里橋だが、今は名前などのプレートはなくなっている=南陽市小滝

 県道山形南陽線と小滝集落のアクセス橋として二つの坊ケ里橋がある。上流が(新)坊ケ里橋で1981(昭和56)年完成(長さ19.5メートル、幅7.5メートル)。やや下流にあるのが旧道時代の橋が後に掛け替えられた(旧)坊ケ里橋で2003年完成(長さ10.9メートル、幅4.5メートル)。完成年が新旧逆転しているのが面白い。

 名前の由来は地名だが、「坊ケ里」には地域の歴史が隠れている。白鷹山頂に鎮座する虚空蔵堂の別当大蔵寺(白鷹町滝野)が、当初建立されたのが小滝。その遺跡は不明だが、白鷹山の由緒について記した古文書に「大蔵寺屋敷と申すはただ今は別当屋敷上坊之在家」とあり、この坊之在家が坊ケ里と思われると南陽市吉野文化史研究会は「すこし昔のくらし」の中で指摘している。

 現在、(新)坊ケ里橋近くに花壇が整備され、サルビアなどの花々が彩りを添える。「この橋は地区の玄関口で、子供たちの通学路ともなっている。児童、住民ら総出で植栽、手入れをしています」と小滝地区子供育成会会長の江口正則さん(48)は語った。

 2橋のやや上流に朱山口橋がある。かつての朱山鉱山への入り口で、これもまた歴史の証言者だ。

2011/09/10掲載
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