やまがた橋物語

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内川・新内川編[6]

◆柳橋(鶴岡)

柳橋(鶴岡)の写真 市中心部の小路をつなぐ柳橋。市街地の抜け道的な存在だ=鶴岡市

 鶴岡市中心部、鶴岡アートフォーラム前の交差点南側の小路をさらに奥へと進むと、内川にぶつかる。そこにひっそりと架かっているのが柳橋だ。車がようやく1台通れるほどの古い橋は、抜け道的な存在として、市街地の市民に親しまれている。

 最初にこの場所に橋を架けたのは、近くに住んでいた足達三蔵氏で、130年以上前に私費を投じて整備したといわれ、橋のたもとに石碑が建立されている。1954(昭和29)年に現在のコンクリート橋(長さ22.9メートル、幅4.6メートル)に架け替えられた。橋名は、明治期に焼失した近くの柳福寺にちなんでいるという。

 橋のすぐ近くに、鶴岡の師走の風物詩として知られる「だるま市」の会場の七日町観音堂がある。市の日は、境内の露店に立派なひげを蓄えて口を真一文字に閉じただるまがずらりと並び、新しい年への期待を込めて縁起物を買い求める人でにぎわう。柳橋を渡る人の数も格段に増える。

 近くで生まれ育ち鶴岡市教育委員長などを務めた御橋義諦さん(82)=本町2丁目=は「昔は柳橋の上で釣りをする子どもが大勢いた。ハヤなんかが釣れていた。川べりには『タンケ』というカラス貝がいて、柳の枝で釣って遊んでましたよ」と懐かしそうに語り、「曲がりくねった内川、細い小路と小路を結ぶ柳橋は、車中心の道路や橋が多くなる中、人のためにあるような橋で、城下町の名残なんでしょうね」と続けた。

2010/05/14掲載
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