鶴岡市の鳥居町と朝暘町の間で、内川と新内川の合流地点に架かる上内川橋。鶴岡東高のすぐ南側に位置し、赤川と並ぶように走る国道112号から住宅密集地を通り、中心市街地を結ぶ。地域住民だけでなく、通学する高校生や車通勤の市民にとっても欠かせない橋だ。
住宅地となっている朝暘町や切添町は、内川と赤川の間にあり、昔は「新田田圃(しんでんたんぼ)」と呼ばれる田園風景が広がる土地だった。現在のコンクリート橋が架かる前、少し下流に架かっていた小さな木の橋は、1972(昭和47)年7月の集中豪雨による増水で、橋脚が壊されたこともあったという。
73(同48)年から市都市計画道路事業と合わせ、両町一体で行われた「鶴岡東部区画整理事業」。その一環として75(同50)年、新たな住宅地と中心部をつなぐ上内川橋(長さ49.5メートル、幅16.8メートル)が架けられた。
内川の左岸で、橋のすぐ近くに住む鳥居町北町内会長の飯野常太郎さん(73)は「内川の土手から東を見ると田んぼしかなく、赤川の土手の桜や月山もきれいに見えた。よく子どもを連れてトンボ採りに行きました。のどかでしたね」と懐かしむ。
その場所は今や鶴岡でも有数の住宅地。橋の反対側、朝暘町の町内会長を務める岡本陽一さん(78)は、「宅地開発で、多くの家が建ち、橋も架かり、約40年でこの辺りは様変わりした。上内川橋は、私たちの生活に無くてはならない存在です」と語った。
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