やまがた橋物語

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内川・新内川編[13]

◆禅中橋(鶴岡)

禅中橋(鶴岡)の写真 禅中和尚を顕彰する石碑。通行人を見守っているかのようだ=鶴岡市

 住宅地の中で地域住民の生活に溶け込んでいる禅中(ぜんちゅう)橋。橋のすぐ東側には石碑が立つ。江戸時代にこの場所に橋を架けるため、尽力した禅中和尚をたたえたものだ。

 鶴ケ岡城を防御するため、現在の橋の近くには長い間、架橋が許されなかった。1703(元禄16)年に渡し舟での往来が可能になったが、それも不便だったという。見かねた禅中和尚が托鉢(たくはつ)して資金をつくり、ようやく庄内藩の許可を得て1820(文政3)年、橋が完成した。和尚は翌21(同4)年に他界し、間もなく石碑が作られたと伝わる。

 現在の橋は1973(昭和48)年に造られたコンクリート橋で、長さ18.5メートル、幅5.4メートル。先代の橋は内川に架かる橋の中で最後の木橋だった。当時、石碑は橋の西側にあり、3分の1ほどが土に埋もれていたが、架け替えに合わせて掘り起こされ、建立された場所に戻されたという。

 「生活する上でとても便利な橋。地域のために橋を架けてくれた和尚さんの尽力を本当にありがたいと思う」と話すのは、近くに住む主婦の延味愛子さん(70)=鳥居町。延味さんを含め、地域住民は長年、石碑に花を供え続けている。「和尚さんが今も橋を通る人たちを見守ってくれている気がするので」。禅中和尚に対する住民の感謝の思いは、200年近くが経過した今も受け継がれている。

2010/05/25掲載
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