やまがた橋物語

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天王川編[1]

◆笊篭橋(米沢)

笊篭橋(米沢)の写真 天王川(梓川)で最も上流部に架かる笊篭橋=米沢市万世町梓山

 天王川で最も上流に架かる米沢市万世町梓山の笊篭(ざる)橋は、全長21.28メートル、幅4.13メートルの小さな橋。笊篭は周辺の小字名の笊籬が由来とみられるが、「籬」が「篭」に変わった経緯は不明だ。ちなみに、笊籬はざるのように雨水が地面に浸透する様子から名付けられたと伝わる。

 橋の左岸に住む矢野正二さん(78)は1957(昭和32)年6月に天童市から転居。当時は木造で橋板に土をかぶせただけの土橋だった。左岸には4軒の住宅があったが、車が渡ることはできず不便を強いられた。

 かつて、乳牛と和牛の飼育農家で、多い時で計7頭を飼っていた矢野さん。牛を出荷する際は橋の右岸に運搬車を止め、矢野さんが牛を引いて歩いて橋を渡った。だが「牛が橋板を踏み抜いてしまいそうで怖かった」といい、地元の市議会議員を通じ、市に架け替えを要望し続けた。

 念願かない、コンクリート製の永久橋になったのは1965(昭和40)年7月。新橋は欄干の高さが50センチほどで、人が座って休憩するにはちょうど良い高さだった。誤って川に転落する危険があったため、再度の要望で欄干は今の1メートルほどの高さに修復された-というエピソードもある。その欄干も今は風雨のためか欠けている個所があり、過ぎた年月を思わせる。

 橋の約1キロ上流左岸にはかつて「県南一」と称された松の大木があった。戦時中、燃料用に供出するため伐採したが、あまりの重さに橋を渡ることができず、その場に放置されたという。その後、近くの人に災難が続き、地元では「松のたたり」と恐れられた。そこで、住民は松の魂を供養しようと、新たに3本の松を神木として祭った。3本の松は今でも「山の神」として大事にされている。

2010/08/02掲載
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