やまがた橋物語

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立谷川編[3]

◆山寺芭蕉橋(山形)

山寺芭蕉橋(山形)の写真 櫓をイメージした親柱が歴史ある地域に溶け込む山寺芭蕉橋=山形市

 俳聖・松尾芭蕉が山形市の山寺で詠んだ「閑(しずか)さや岩にしみ入(いる)蝉(せみ)の声」は、芭蕉の「奥の細道」の中でも秀逸な句として知られる。芭蕉にちなんで名付けられた山寺芭蕉橋には、芭蕉はもちろん、多くの俳人、歌人が山寺で残した俳句や短歌が、欄干にプレートとして飾られている。

 橋が完成したのは、1988(昭和63)年11月。長さ50.5メートル、幅12.5メートルのコンクリート造りで、立谷川に架かる山寺地区内の橋の中では一番歴史が浅い。照明にもなっている欄干両端の親柱は櫓(やぐら)の形をしており、由緒ある門前町の雰囲気を醸す。

 欄干の左右4カ所ずつ、計8人の句や歌が飾られたプレートは、全国俳句山寺大会を創設した地元出身の高校教諭、故・武田唯雄さんのアイデアで実現した。芭蕉のほかにも、本県出身の歌人斎藤茂吉の短歌「みちのくの 佛(ほとけ)の山のこごしこごし 岩秀(いわほ)に立ちて 汗ふきにけり」や、山寺村だった時代に村長を務めた故・伊沢不忍さんの俳句「蝉塚(せみづか)の 昔なつかし 苔(こけ)の花」などが刻まれている。

 橋の完成は、お土産屋や飲食店などが並ぶ門前町の渋滞解消にもつながった。近くで民芸品店を営む遠藤正悦さん(74)は「橋ができる前は、観光客を乗せたバスがすれ違えないほど狭く、大渋滞していた」と振り返る。

 遠藤さんは、橋の渡り初めにも参加した。その時に撮影した記念写真や、渡り初めの記事を掲載した88年12月10日付の新聞を今も大切に保存している。「当時はさほど感じなかったが、今は家族がそろっていることの幸せをあらためて感じている」。遠藤さんの記憶には、橋の歴史とともに重ねた、家族との大切な思い出が刻み込まれている。

2011/05/09掲載
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