やまがた橋物語

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鬼面川編[3]

◆鬼面川橋(米沢)

鬼面川橋(米沢)の写真 米沢市と川西町を結ぶ通称「中街道」を支える鬼面川橋。通勤時間帯の渋滞解消のため、1986年12月に架け替えられた=米沢市

 米沢市の窪田地区と六郷地区をつなぐ鬼面川橋は、長さ172メートル、幅12メートルのコンクリート製永久橋。鬼面川橋を渡る主要地方道米沢南陽白鷹線は通称「中街道」と呼ばれ、橋の右岸側には近くの米沢六中生が整備した花壇がある。

 現在の橋は3代目。初代の橋は、馬車1台が通るのがやっとの幅しかない木製橋で、戦後には老朽化が激しくなった。六郷町西藤泉の元町内会長・長谷部正美さん(77)が高校生の時は徒歩で通学。木製の橋を渡る際には「橋板を踏み抜いてしまいそうで怖かった」といい、危険を感じたことも多かった。「(初代の橋は)川が増水すれば簡単に流されそうな橋だった」と長谷部さん。増水で橋が破損した際には、地元の仲間と補修工事にも携わったという。

 1954(昭和29)年ごろの水害でその木製の橋も流され、2代目のコンクリート製の橋が架けられたが、幅はわずか4.5メートル。普通車は擦れ違えるが、大型車は対向車が無くなるのを待たなければならなかった。そのため、通勤時間帯には激しい交通渋滞が発生。地元から橋の拡幅を求める声がわき起こった。

 地元住民たちは76年3月、鬼面川橋拡幅期成同盟会を結成し、1万5882人分の署名を集めて県や米沢、川西両市町に提出した。その訴えを受け、県は81年4月に橋の架け替えに着手。86年12月、総工費8億5千万円を掛け、3代目となる現在の橋が完成した。車の流れはスムーズになり、利便性も向上した。

 今でも朝夕の通勤ラッシュ時は交通量が多い鬼面川橋。だが、近くの人によると、昨年から交通量がぐんと減ったのだという。「不景気の影響で通勤する人自体が少なくなったから」と分析する人も。鬼面川橋は“世相を映す鏡”でもあるのかもしれない。

2009/11/06掲載
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