やまがた橋物語

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日向川編[6]

◆下黒川橋(酒田)

下黒川橋(酒田)の写真 堅固な橋脚に支えられた下黒川橋=酒田市下黒川

 酒田市の新出(しんで)と下黒川を結ぶ下黒川橋は、日向川発電所の上流に位置する。旧八幡町中心部から同川左岸を東にさかのぼる県道升田観音寺線がこの橋を境に右岸側に移る。堅固な橋脚の永久橋は同県道の要衝になっている。

 現在の橋は1973(昭和48)年に完成した。全長127.7メートルのコンクリート橋(PC橋)で、幅6メートルの車道と両側に幅0.75メートルの歩道が整備されている。河床から伸びる4本の橋脚がしっかりと路盤を支えている。

 暴れ川と呼ばれた日向川は大雨のたびに氾濫を繰り返した。永久橋などない時代、洪水で壊れた護岸、橋、道路の修復は住民を悩ませた。福山、新出と上流の升田を結ぶ道路は、同川を渡る必要がない赤剥(あかはげ)を通る左岸ルートが主だった。しかし山際で道が狭く崖崩れや雪崩の危険があるため、次第に下黒川と草津を通る右岸ルート(現在の県道)に本道が移っていった。

 現在の場所にあった木橋は馬車1台通るのがやっとだった。昭和40年前後は、発電所に資材を運ぶトラック用に橋下流側の河床をコンクリートで補強した。その「川の中の道」を自家用車も利用した。「車体が水に漬かり川を渡った後でブレーキが効くか心配で慎重に走った」と下黒川の農業佐藤恒さん(79)。また「橋が流された時は、住民が協力して長さ7メートル幅0.3メートルほどの『歩み板』3枚を川の中の大きな石に架けてつなぎ歩いた」と懐かしむ。

 明治時代に切り出されたという杉の歩み板は朽ち始めているが、住民が近くの宝伝寺に保存している。歴史の証人である地域の宝を後世に伝えるように。

2011/07/06掲載
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