やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>村山野川編 桜田橋(東根)

村山野川編[5]

◆桜田橋(東根)

桜田橋(東根)の写真 桜田橋は戦前から主に農耕用の橋として利用されている=東根市

 東根市観音寺の桜田橋は、戦前から主に大門集落の住民が川の南側の畑地に向かう際に利用している。丸太橋、木造橋の時代を経て、1979(昭和54)年に現在のコンクリート製の橋(長さ37.25メートル、幅5メートル)が完成した。

 橋の近くに住む農家の松田虎夫さん(82)によると、戦前は幅50センチ程度の丸太の一本橋。大雨で年に2回は流されたという。戦後は幅約1.8メートルほどの板橋に変わったが、「欄干もなく、渡るとぐらぐら揺れて危なっかしかった」と振り返る。それでも「当時の畑地では葉タバコ栽培が盛んに行われており、生活には欠かせなかった。戦前、大雨の時に橋が心配で見に行った住民が川に流されて亡くなったこともあった」という。

 大門区長を務める松浦正徳さん(74)は子ども時代に見た、丸太橋を渡って収穫した葉タバコを運ぶ大人たちの姿を覚えている。「リヤカーも通れない幅だったので、木製のかごに葉タバコを山積みにして背負っていた。大量の葉は意外に重いようで、風が強い日は少しよろめきながら渡っていた」と語る。

 今は葉タバコから果実へと栽培する作物は変わったが、地域住民の生活を支える「農耕用の橋」としての役割は変わっていない。

 橋のすぐ西側には水管橋が架けられている。県営事業で91年に完成し、東根市北東部に位置する白水川ダムの水を市南部の果樹畑にも供給しており、並行する2本の橋から「果樹王国」を支える一端が垣間見える。

2010/11/24掲載
上流へ下流へ
[PR]
[PR]