やまがた橋物語

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村山野川編[12]

◆野田橋(東根)

野田橋(東根)の写真 県道長瀞野田線にある野田橋。木々が立ち並ぶ公園(写真奥)は地域の憩いの場となっている=東根市

 東根市野田地区にある野田橋は全長63メートル、幅7.5メートル。山形空港の北西、山形臨空工業団地西側の県道長瀞野田線にある。1967(昭和42)年に木造橋から現在の永久橋に架け替えられた。

 野田地区の中宿区長を務める秋葉定一さん(75)によると、現橋は3代目。初代の橋は丸太の上に杉の木の皮を張って土を敷いた橋で、2代目の木製橋が架設された太平洋戦争中も残され、食料不足を補おうと住民たちが橋の上に豆をまいたという。

 2代目の木造橋は橋脚が丸太で欄干があった。当時、小学生だった秋葉さんはこの橋のそばでよく川遊びをしていた。村山野川の夏場の水量はめっきり少なくなるため、子どもたちは体が十分に水に漬かることができる深みを探して泳いだり魚捕りをしたという。

 戦後間もないころまで、橋の北側は野田地区の火葬場だった。火葬場といっても更地で、組み上げた木の上にひつぎを載せ、囲んだわらに火を付けて燃やしていた。川遊びをしながら火葬の様子を何度も見たという秋葉さんは「橋の下から夕暮れ時に見る火葬の炎は人だまのようだった。さびしい思いにさせられたが、命のはかなさや尊さを教えてくれる光景だった」と振り返る。

 現在、橋の南側には住民の憩いの場である野田公園がある。春には桜が咲き誇り、一帯の風景を彩る。

2010/12/03掲載
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