やまがた橋物語

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村山野川編[10]

◆野川橋(東根)

野川橋(東根)の写真 市街地の交通の要衝となっている野川橋=東根市

 東根市中心部と北の村山市、南の天童市を直線で結ぶ県道東根尾花沢線上に野川橋がある。全長58メートル、幅10メートル。現橋は1954(昭和29)年に架設、隣接する幅2メートルの野川橋歩道橋は84年に新設された。朝夕を中心に車の交通量が多く、重要路線を支える要衝となっている。

 橋名の由来は定かでないが、5キロほど上流に架かるもう一つの野川橋と同じく、川の名称がそのまま橋の名称になったようだ。東根尾花沢線は昔の羽州街道にあたる。橋の近くに住む遠藤清子さん(86)によると、先代の橋は木橋で馬車やリヤカーなどが行き交ったという。

 現橋から1.5キロほど南にある神町公民館には、31(昭和6)年に公民館近くの羽州街道で撮影されたモノクロ写真が飾られている。そこには山形市に駐在する陸軍歩兵第32連隊が松並木の街道を北進して尾花沢演習場に向かう様子が写っている。松の木は大行列の歩兵の頭上はるか高くそびえてびっしりと並んでおり、橋付近の道沿いも似たような景観であっただろうと推測できる。

 東根市史によると「村山野川」の名称は“野原を流れる川”に由来する。現在の橋一帯は住宅地になっているが、遠藤さんによると、昭和30年代ごろまで街道の松並木以外は見渡す限り桑畑だったらしく、“野川”を象徴する風景が現在の市街地まで広がっていたようだ。「今の野川橋一帯は家々が立ち並び、昔から想像できないほど発展した」と遠藤さん。若いころ、幼い子どもたちと一緒に橋の上から見つめた遠くの花火を鮮明に記憶している。

2010/12/01掲載
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