奥州・平泉への逃避行の途中、弁慶が義経の子・亀若丸の産湯のために掘り当てた-。瀬見温泉には義経一行に関する興味深い伝説が残る。この伝説を基に、最上小国川に架かる瀬見地区3橋のうち、2橋に主従の名前が付けられており、最も新しいのが1993年に完成した「義経大橋」だ。
JR瀬見温泉駅と温泉街を結ぶ町道・通称「義経通り」の整備に伴い、新設された。橋の両端には横笛を吹く義経像が立ち、欄干には“開湯の祖”弁慶を描いたレリーフが掲げられている。義経通りは桜並木で、夜になると道路沿いに並ぶ灯籠(とうろう)「夢あかり」がともる。冬季間は欄干に雪の結晶を模した電飾が施され、桜並木はイルミネーションが彩る。湯治客はもちろん、住民にとっても心地よい散歩道となっている。
架橋前、この辺りは田園風景が広がっていた。橋完成の翌年、橋の近くに引っ越してきた町臨時職員菅智行さん(25)は「義経通りができる前はうちの田んぼがあるくらい。小学生だったので川で泳いだり、カジカやハヤを捕まえたりした遊び場だった」と振り返る。
現在は瀬見温泉駅からの玄関口として頻繁に人や車が往来する。遠回りして瀬見橋を渡って瀬見小に通学するしかなかった温泉街に住む子どもたちの通学路にもなった。
瀬見温泉観光協会の高橋昌裕会長は「かつては道路が狭くて温泉街に大型バスが入れず、団体客に駅前でマイクロバスに乗り換えてもらい、ピストン輸送した。それが出発と到着の朝夕だから、今思うと大変な手間だったね」と話していた。
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