やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>最上小国川編 満沢橋(最上)

最上小国川編[5]

◆満沢橋(最上)

満沢橋(最上)の写真 周囲に田園が広がり、のどかな雰囲気が漂う満沢橋=最上町

 最上町の満沢地区と向町地区を結ぶ「満沢橋」。この時季は周囲に収穫間近の田園風景が広がり、アユを狙う釣り人の姿を見かけるなど、のどかな雰囲気が漂う。

 かつてトラックが橋の上を頻繁に行き交っていた時代があった。満沢地区南部の山中で昭和初期から本格的に採掘が行われていた満沢鉱山は、大小合わせて20余りあった町内の鉱山のうち、戦後も栄えた代表的な鉱山の一つ。銅を中心に亜鉛や硫化鉄鉱などを産出し、1955(昭和30)年ごろ最盛期を迎えた。

 「まだ珍しかったトラックが鉱石を満載し、自宅前の道路をひっきりなしに走っていた」。地元の渡辺富男さん(85)は農作業の傍ら眺めた当時の日常風景を思い出す。

 最上町史によると、鉱石はトラックやオート三輪車で向町駅(現最上駅)まで運ばれ、貨物列車に積み替えて輸送したという。当時はまだ木造橋だった。63年に休山するまで、最大140人余の労働者が働き、鉱山のふもとには社宅や診療所、共同浴場などが立ち並ぶ独自の集落を形成していた。渡辺さんは「東京から劇団が公演に来ると、私たちも見物に出掛けたものだ」と懐かしげに語った。

 現在の満沢橋は69年11月に完成したコンクリート橋(長さ192.7メートル、幅6メートル)。橋付近の川は深く、木造橋時代、子どもたちは度胸試しで橋の上から飛び込んだという。今も、地元の満沢小の児童と、山村交流を重ねる東京都板橋区の子どもたちに、夏休みに川遊びを楽しむ場所として親しまれている。

2010/09/17掲載
上流へ下流へ
[PR]
[PR]