やまがた橋物語

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最上小国川編[3]

◆虹の橋(最上)

虹の橋(最上)の写真 赤い欄干がひときわ目立つ虹の橋=最上町

 最上町の赤倉温泉街に架かる「虹の橋」。赤い欄干が目を引く。行政と住民が資金を出し合って建設し、その名は著名な俳人が命名した。

 初代の橋は1928(昭和3)年に整備された。旧東小国村(現最上町)と温泉街の住民が半分ずつ費用を負担し、官民一体で架設した。近くの阿部与一さん(85)=富沢、酒店経営=は「水害が少ない高台が建設場所に選ばれ、当時、大半の世帯が30~50銭を寄付したようだ。湯治客からも歓迎され、赤倉橋と呼ばれた」と説明する。

 現在の橋は3代目。65(昭和40)年に完成した。全長46メートル、幅3.7メートル。生活道路として利用され、赤色の欄干がひときわ目立つ。地元の森山治子さん(64)=富沢、主婦=は「悩みがあると、この橋に立っては解決策を考えた。元気と励ましを与えてくれたのが虹の橋だ」と、若いころの思い出を振り返る。

 63(昭和38)年、下流の主要地方道尾花沢最上線に新しい橋が完成すると、この橋が「赤倉橋」となった。旧赤倉橋に「虹の橋」と名付けたのは、富沢中(統合のため86年廃校)の校歌を作詞し、赤倉温泉にも滞在した俳人の故加藤楸邨氏。命名の依頼を受けて「山刀伐に虹かかれよと虹の橋」(句集「まぼろしの鹿」)と詠んでいる。

2010/09/15掲載
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