やまがた橋物語

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最上小国川編[18]

◆富長橋(舟形)

富長橋(舟形)の写真 富田地区と長者原地区を結ぶことから名付けられた富長橋=舟形町

 最上小国川は舟形町富田で最上川と合流する。県道新庄次年子村山線の「富長橋」は、同町の富田、長者原両地区を結ぶことから、それぞれの頭文字をとって名付けられた。1958(昭和33)年に富田小と長者原小が合併して新設された「富長小」も同様。現在の橋は長さ134メートル、幅7.5メートルで、96年に完成した。

 35年ごろまでは少し下流の渡し舟しかなく、その後つり橋が架けられたという。対岸の富長小から帰宅する孫を橋まで迎えに来ていた同町長者原、農業相馬建二さん(83)は「子供のころは水量がもっと多くて深く、揺れると怖かった。私が通った戦前の舟形西部尋常小(長者原小の前身)は長者原地区にあったから、今のように通学路ではなかったけれど」と振り返る。

 舟形町文化財保護委員の溝口仁さん(85)=同町長者原=によると、昔は橋の上流側の流れが二つに分かれ、大きな中州があったという。「私が子どものころは既にやらなくなっていたが、大正時代から昭和初めのころ、橋の付近の河原で、富田と長者原の子どもたちは川をはさんで石合戦を繰り広げたという話を聞いた」と語る。

 橋の上流には現在、やなが設けられており、20年ほど前にはアユが面白いほど捕れたという。最上小国川は豊かな自然をはぐくむ清流の姿とともに、洪水でたびたび橋を流す荒々しい一面を、流域の人々の記憶に焼き付けてきた。富長橋の脇には古い橋の痕跡や旧道跡がまだ残っており、先人の苦労の一端を垣間見ることができる。

2010/10/12掲載
上流へ最上小国川編おわり
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