やまがた橋物語

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最上小国川編[13]

◆長尾橋(舟形)

長尾橋(舟形)の写真 長尾集落と対岸を結ぶ長尾橋。朝夕には通勤の車も数多く利用する=舟形町長沢

 舟形町長沢の長尾集落に架かるのが長尾橋。地元住民は現在のコンクリート橋が完成するまで、対岸に広がる農地に堆肥(たいひ)を運ぶため“期間限定”の木橋を設置したり、国から払い下げを受けたつり橋を架けたりと、苦労を重ねてきた。

 山を背にし、最上小国川右岸にある長尾集落。住民は昭和20年代まで、左岸の幅、野の両集落や田んぼに行く際は渡し舟を利用していたが、毎年旧正月過ぎに架設されたのが木橋だった。叶内健一さん(72)=同町長沢、無職=が振り返る。「水田に堆肥をそりで運ぶため、住民総出で橋を架けた。保管していた材料を巧みに組み立て、高さは水面から30~40センチ、幅は約2メートルだった」。木橋は堆肥運びが終わると、2、3日で撤去されたという。

 安心して対岸と行き来ができるようになったのは1955(昭和30)年ごろ。最上地方の河川に設置されていたつり橋を国から払い下げてもらい、設置したという。八鍬勝昭さん(65)=同所、会社社長=は「熊野神社の大杉4本を切って、つり橋の建設資金の一部に充てた。つり橋が架かったときは、ようやく“陸の孤島”から脱出できたと思った」と話す。

 現在の長尾橋に架け替えられたのは73年。全長118メートル、幅5メートル。長尾町内会の八鍬国昭会長(66)=同所、無職=は「永久橋の架橋は住民の悲願だった」と語る。3年前からは春から夏にかけ、橋の両側に花のプランター約200個を並べ、住民やドライバーの心を癒やしてきた。

 92年、集落の北側に国道47号亀割バイパスが開通したことで、長尾橋を渡る車が増え始めた。橋からJR新庄駅までは車で10分足らず。すっかり朝夕の通勤ルートに組み込まれた長尾橋はもはや、長尾集落だけのものではなくなった。

2010/10/04掲載
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