やまがた橋物語

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乱川編[11]

◆中乱川橋(天童)

中乱川橋(天童)の写真 天童市成生地区と東根市大富地区を結ぶ中乱川橋=天童市

 「中乱川橋」(全長158メートル、幅6.5メートル)は、乱川下流域の天童市大町にあり、大町を含む同市成生(なりゅう)地区と東根市大富地区を結ぶ。昭和初期に架けられた幅が狭い木橋は、洪水のたびに流失したり修理を必要とし、交通が寸断されることがたびたびあった。増水時は橋が危険なため定期バスが運休したこともあり、不便を解消しようと両市の住民が続けた陳情が実り、1972(昭和47)年に現在の永久橋に架け替えられた。

 「大町は水にいじめられたと昔の人がよく話していた」。近くに住む阿部謙弥さん(82)が振り返る。妻の恒子さん(75)は子どものころ、万代橋がある乱川地区に住んでいた。大町から2キロほど東で、洪水になると住民たちは「また大町の橋が流されるな」と言い、地元の万代橋よりも中乱川橋のことを心配していたという。乱川は渇水で川水がなくなり歩いて渡れることもあるが、雨が降ると一気に増水して濁流が押し寄せ、橋をのみ込んだ。永久橋の竣工(しゅんこう)式では、約200人の住民が式典に参加し「びくともしない橋になった。夜も安心して通れる」と喜びをかみしめた。

 阿部さんによると、昭和初期に木橋が架けられるまでは、大町の隣の大清水に住んでいた男性が渡し舟をやっていた。川水がなくなり歩いて渡れる時もあるので、水量が増した時のみの臨時運航だ。川幅に張った太い針金を伝って舟を操った。阿部さんは「男性は『さのすけじいさん』と呼ばれ、口にきせるをくわえて客を待っていた。大町の人は無料で、それ以外の人からは1銭か2銭受け取っていた。自分は子どもだったので舟に近づくと危ないから怒られた」と懐かしんでいた。

2009/09/18掲載
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