やまがた橋物語

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月光川編[9]

◆宮田橋(遊佐)

宮田橋(遊佐)の写真 遊佐町宮田の宮田橋(みやだはし)。濁点の位置に住民の願いが込められている

 宮田橋が架かる地区の名は遊佐町宮田(みやた)。だがこの橋は「みやだはし」と読む。濁点の位置が違うような気がするが…。

 橋のたもとに住む農業高橋良一さん(67)さんが疑問に答えてくれた。「地元の住民はなまって『みやだ』と発音する。橋の名前を決める時、住民の普段の呼び方を尊重しようとなったみたいだ」

 ならば「はし」はどうか。高橋さんは言う。「かつてこの橋は増水した濁流に何度も流された。橋が濁流に流されないように、そして月光川がいつまでも清流であってほしいと願い、濁点を付けなかった」

 多くの河川がそうであるように月光川も暴れ川として住民を悩ませ、過去には多くの橋が何度も流されてきた。流域に「はし」と読ませる橋は「そねた橋」など複数あり、同じ理由の可能性があるという。

 橋の歴史に移ろう。位置は今より少し下流だったとみられるが、かなり昔からこの地には橋が架かっていた。

 「月光川史」(月光川水害予防組合著)によると、1801(享和元)年時点で既に木の橋があった。6年後には架け替え普請がされたとの記述もある。昭和30年代にコンクリート橋が完成。「みやだはし」の名称はこの時に決まったという。現在の橋(長さ56メートル)は1998年に開通した。

 今の橋に架け替えられた際、たもとの傾斜がきつくなった。東側から車で渡ると急坂を上る感覚になり、空が目に飛び込んでくる。小さな橋だが、そんなところも住民に親しまれている。

2011/01/27掲載
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