やまがた橋物語

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月光川編[6]

◆尻引橋(遊佐)

尻引橋(遊佐)の写真 遊佐町遊佐の尻引橋。江戸時代以降、酒田に集まった物資が秋田方面に運ばれる際に使われていた

 あっという間に渡り終えてしまう。遊佐町遊佐の尻引橋は長さ約46メートルと月光川編で紹介する15本の橋の中で最も短いが、歴史は古い。江戸時代以降、酒田の最上川河口に集まった物資を秋田方面に運ぶ街道の橋だった。

 「遊佐町史上巻」によると、その道は内郷街道と呼ばれていた。現在の町中心部を北上し、吹浦で日本海のすぐそばを走る浜街道と合流。塩、真綿、火薬などが庄内から秋田方面に渡ったという。商人の列は海から吹く強い風雪を避けるため、少しでも内陸にある内郷街道とこの橋を通ったのかもしれない。

 橋の近くに住む相庭省三さん(76)は「周りにほかに橋がなく、月光川を渡るためによく使われていた。戦争のころは木炭バスが走っていたな」と懐かしむ。

 現在のコンクリート橋は1964(昭和39)年に完成した。相庭さんには忘れられない思い出がある。開通の数年後、橋のたもとに止めてあったタクシーが自宅に突っ込んできたのだ。運転手がサイドブレーキをかけないまま駐車していたのが原因だったらしい。「あの時は本当にびっくりした。河川改修工事の影響で橋の高さが高くなり、傾斜がきつくなったのだと思う」。

 現在、尻引橋の近くには月光橋とそねた橋が整備され、この橋を渡るのは地元住民がほとんど。静かになった分、月光川のせせらぎが耳に心地よく響く。

2011/01/24掲載
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