やまがた橋物語

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月光川編[14]

◆新吹浦橋(遊佐)

新吹浦橋(遊佐)の写真 遊佐町吹浦の新吹浦橋。東京五輪と同じ年に完成した

 木の橋すらなかった所に橋が架かると、周辺はどう変わるのだろうか。1964(昭和39)年に完成した新吹浦橋(遊佐町吹浦)の場合、キーワードは「車社会の到来」だ。

 近くの西浜食堂は完成の数年後に店を構えた。経営者の福田倫子さん(65)に少し昔を思い出してもらおう。「周りは何もなかったけど、海水浴客の車とトラックが通るようになって活気が出てきたね」。家族連れと長距離ドライバーの来店で、季節を問わず食堂はにぎわった。

 長さ162メートル、幅9.5メートル。当時としては大きな橋だったはずだ。だが完成直後、近くに住んでいた人はほとんどいなかったという。

 食堂にいた石垣直哉さん(66)=遊佐=は、昭和40年代初頭に橋と連結する道路が開通した前後のことを覚えていた。「ここは細い農道で、周りは松林しかなかった。橋と道路の開通に合わせて宅地整備が進み、次々と家が建った。周辺の景色は一変したよ」

 橋が完成した64年は東京五輪が開催され、以後、日本の家庭に大衆車が普及していった。福田さんが言うように、完成の数年後には遊佐にも車社会の波が到来していたのだろう。そして、さまざまな変化、恩恵をもたらしていたのかもしれない。

 石垣さんに言わせればこうだ。「車社会の幕開けに合わせて造られた橋のようにも思えるなぁ」

2011/02/03掲載
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