上山市の宮脇地区と相生、関根両地区の間に架かる「須川大橋」(全長八十一メートル)は一九七〇(昭和四十五)年、農免道路の整備に伴って完成した。以前は両地区を結ぶ道がなく、行き来するには約二・五キロ上流の京塚橋が利用されていた。
初夏の日差しの下、宮脇地区から自転車に乗った女性が橋を渡ってきた。橋の西側の関根地区にあるJAやまがた南部営農センターで苗作りを受け持つ森谷シゲ子さん(70)だ。自宅で昼休みを過ごし、午後の仕事に向かうところだという。「この橋がなかったら大変。困っちゃうね」とほほ笑んだ。
相生地区で母が営む自動車販売・修理店の事務を担当する鈴木博子さん(58)は「須川大橋ができる前は、山形市へ行くのに上山市街地をぐるっと回り込んでいたので、けっこう時間がかかった」と話す。須川大橋を通る今は国道13号上山バイパスに出るまで十分とかからない。
橋の下流約二百メートルの所で七年前、約二万三千年前のトウヒ属(エゾマツの仲間)の埋没林が発掘された。土石流で埋まったと考えられ、その後の調査で旧石器時代の一帯は豊かな針葉樹林だったと推定された。一帯は現在、「化石の森」と名付けられ、橋の西端に県が設置した説明板が立てられ、木製のポストに説明書が入れられている。去年九月の台風9号で土砂が堆積(たいせき)したので、現在、埋没林は橋の下流左岸約百メートルの場所だけで見ることができる。
|
|