やまがた橋物語

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須川編第2部[14]

◆久保川橋(上山)

久保川橋(上山)の写真 坂道を下った先に架かる久保川橋は住民の生活に欠かせない存在だ=上山市

 上山市中心部から南東に十キロほど。久保川地区を走る県道萱平河崎線から脇の坂を下ると「久保川橋」がある。その先には四軒の民家。全長二十メートル、幅四メートルの小さな橋とはいえ、そこで暮らす住民にとっては、生活から切り離すことのできない存在だ。

 集落からさらに奥にある逢坂山では、昭和三十年代ごろまで炭焼きが盛んに行われていた。橋のそばに住む粟野清吾さん(81)は「橋は炭焼きで生計を立てていた近隣集落の住民が作業小屋に通うためによく使っていた」と振り返る。ブナやヒノキといった建築用木材をトラックで運ぶ業者も数多く往来。「この集落の人だけでなく、山仕事に携わる人たちにとっても必要な橋だった」と語る。

 現在の橋は鋼製で、一九七二(昭和四十七)年に架橋。以前は木造で、近くに住む市農業委員の粟野忠一さん(65)は「学校帰りに足幅ほどの欄干の上を歩いて渡ったっけなあ」と懐かしむ。また、橋付近からは急な坂を二百メートルほど登らないと大通りに出ることができないため、「農作業を終えて家に帰るお年寄りが大変そうだった。子どものころは、リヤカーを押すなどして手伝ってあげたもんだ」。

 自然に囲まれた久保川地区を流れる須川。以前はヤマメが放流されていたこともあって、渓流釣りのスポットだった。「五年ほど前までは、びっくりするほど釣れた」と忠一さん。休日は多くの釣り人でにぎわったが、現在はあまり見かけなくなった。

 「橋は自分たちの生活に密接にかかわっている。なかったら大変だよ」。昔ほどの往来はなくなったとはいえ、忠一さんら住民にとって存在意義は今も変わっていない。

2008/05/28掲載
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