やまがた橋物語

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須川編第1部[8]

◆門伝橋(山形)

門伝橋(山形)の写真 隣で「ふれあい橋」の架設工事が進む門伝橋(左)=山形市沼木

 西山形地区と山形市街を結ぶ「門伝橋」は、同地区の人には“須川橋”とも呼ばれている。「地区住民にとって、この橋は生命線」と、西山形自治推進委員長の神保真さん(67)=同市柏倉=が語る。自転車と歩行者のための専用橋「ふれあい橋」が隣接して造られており、今月末に完成する予定だ。

 現在の門伝橋は一九六九(昭和四十四)年に完成した。長さは一七一・六メートル。二八年にできた先代の橋の橋脚の一部が六六年の豪雨で沈下したため造られた。現在の橋ができるまでの三年間は上流に木橋が仮設された。山形市街に通勤していた神保さんは「遠回りを強いられ、とにかく不便だった。だから新しい橋が完成した時はうれしかった」と振り返る。

 柏倉八幡神社宮司で郷土史を研究している結城敏雄さん(77)=同市柏倉=は四五年春、海軍少年飛行兵となった。古里を離れる日、先代の門伝橋を渡りきった時に、「もう二度とこの橋は渡れまい」と覚悟したことを覚えている。「橋は結界のようなもの。それぞれの人に、橋にまつわるそういったドラマがあると思う」と結城さん。

 時代とともに、自家用車や山形市街に通勤する人が増え、交通量が増加した。県民の森や西公園に行くためにこの橋を渡る車も多い。現在の橋の幅では自転車や歩行者がいると車の擦れ違いが大変、という住民の要望を受けて進められてきた「ふれあい橋」の工事も大詰め。西に富神山の三角形の山容が浮かぶ中、工事の作業員たちが忙しく行き来していた。

2008/03/12掲載
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