やまがた橋物語

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須川編第1部[3]

◆船町橋(山形)

船町橋(山形)の写真 車がひっきりなしに行き来する船町橋。今も昔も交通量が多い=山形市船町

 船町橋は、内陸と庄内を結ぶ国道112号の中山町に程近い山形市北西部にある。同市中野と中山町達磨寺を結ぶ「船町バイパス」の完成とともに架けられ、ひっきりなしに乗用車やトラックが通る交通量の多い橋だ。

 橋の長さは二〇五・九メートル。一九六八(昭和四十三)年に着工し、七一年に使用を開始している。船町橋架橋を含むバイパス工事が始まることを報じた四二年の本紙は「(先代の)橋周辺の国道は狭い上にカーブが多く、車の通行が停滞することがしばしば。(中略)運転者泣かせの場所となっている」と書いている。船町橋の近くに住む多田肥刈さん(71)=同市船町=は「以前は道路が狭い上に交通量が多く、事故も多かった。バイパスが完成して危険も減り、渋滞がだいぶ緩和された」と話す

 先代の橋はコンクリート橋で、現在の橋より約百五十メートル上流に架かっていた。その橋の渡り初めに、多田さんは父親に抱きかかえられ、祖父との三代で参加した。自身は覚えていないが「父親によくその時のことを聞かせられた」という。

 船町の歴史に詳しい柴田宏さん(80)=同市船町=によると、水害が多発したためか、先代の橋の高さはそれまであった木橋よりも高かった。須川の土手も民家の屋根より高くなったという。多田さんは子ども時代、橋に通じる急な坂を上り切れなくなった木炭バスに、まきをくべ直す作業を手伝ったことを覚えている。旧橋も人通りが多く、戦後は進駐軍の兵士がカモ狩りに来ることもあった。主要幹線道路に架かる船町橋は昔も今も変わらず、多くの人々の通行を助けている。

2008/03/05掲載
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