やまがた橋物語

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須川編第1部[2]

◆中野目橋(山形)

中野目橋(山形)の写真 青色が目立つ中野目橋。付近で釣りを楽しむ人の姿も見られる=山形市中野目

 山形市北西部の須川と立谷川の合流地点に、地名から名付けられた「中野目橋」が架かる。鋼鉄製の頑丈な橋で、古くから度重なる洪水被害を受けて交通を寸断されてきた地区住民の悲願として架けられた。

 中野目橋のやや上流に白川も注ぎ込む。このため豪雨になると一気に増水し、洪水被害が起きやすかった。一八九四(明治二十七)年に初めて架橋されたが、木造の橋は修復しても新設しても流失を繰り返した。そのため一九四七(昭和二十二)年、橋北側の湾曲した須川の流れを直線的に変える工事が行われた。これが効果を発揮し大規模な水害は無くなったが、五五年に架け替えた四代目のコンクリート橋でも洪水時には橋脚が危険な状態になり、頻繁に通行止めになった。こうした実情で住民が熱心に要望活動をし、九五年に現在の五代目の橋(全長二百三十八メートル、幅一三・五メートル)が完成した。

 明治地区町内連合会の会長を務める高橋清利さん(66)=山形市中野目=は、橋の歴史をたどり「中野目一帯はかつて沼地だったと聞いている。地盤が軟らかいため橋が不安定になりやすく、被害を受けやすい。住民の暮らしを支える安全な橋は何よりの願い」と力を込めて語る。

 須川の水質は酸性で魚がすまないとされるが、立谷川と白川が流れ込むので清流の部分もあり、川辺では釣りを楽しむ風景が見られる。毎年夏には橋の下の広場で子ども会の盆踊りが行われる。「出店もあり、にぎやかで、住民みんなでとても盛り上がるんです」と目を細める高橋さん。中野目橋付近は今、住民の憩いの場になっている。

2008/03/04掲載
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