やまがた橋物語

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須川編第1部[14]

◆金瓶橋(上山)

金瓶橋(上山)の写真 歌人斎藤茂吉の生誕地に架かる金瓶橋。橋の近くには茂吉の生家がある=上山市金瓶

 「金瓶(かなかめ)橋」は歌人斎藤茂吉(一八八二-一九五三)の生誕地・上山市金瓶を流れる須川に架かる。少年期と疎開時に過ごした古里・金瓶での思い出をたくさんの短歌に残した茂吉と由縁の深い橋だ。

 現在の橋は三代目で、一九九二年に完成。鉄筋コンクリート製で全長百七メートル、道幅四メートル。

 金瓶学校保存会事務局長の神谷弘さん(77)は、一九五二(昭和二十七)年に完成した二代目・木造橋の渡り初めのモノクロ写真を保管している。行列の先頭を神谷さんの母と祖母が歩いた。祖母の鈴木さよさんは、茂吉の生家守谷家に長く勤め、幼年期の茂吉の世話をした乳母のような存在だった。渡り初めを間近で見ていた神谷さんは「祖母を含め地区民みんながうれしそうに渡っていた」と振り返る。

 茂吉が何度も踏み締め「足乳根(たらちね)の母に連れられ川越えし田越えしこともありにけむもの」(歌集あらたま)と詠んだ情景にあるのは、昭和初期に架けられていた初代の木造橋。半分に割った丸太を並べただけの簡素な造りで、主に農作業で使われた。「かつて橋のすぐ近くの土手に月見草が群生し、疎開した茂吉がしばらくじっと見詰め、花びらを口に含んでいたのを見た人がいる」と神谷さんは語る。

 「南より村を貫くこの川は洪水(おおみず)となりながれさかまく」(歌集小園)。同保存会が橋のすぐ近くに設置した立て札には茂吉の歌が記され、須川の歴史と偉人の足跡をしのばせる。

2008/03/25掲載
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