やまがた橋物語

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置賜白川編[10]

◆神明橋(飯豊)

神明橋(飯豊)の写真 除雪車が押しつけた雪が壁をつくり、車道側からは橋かどうかも分からないようになっている神明橋=飯豊町

 平たんな流れが続く飯豊町中津川地区の神明橋周辺。県内有数の豪雪地であるため、除雪車が押しつけた雪が壁をつくり、車道側からは川はもちろん、橋かどうかを確認するのも難しい。大きめの川石には雪が降り積もり、まるで綿帽子をかぶったかのようだ。

 神明橋は一九六七(昭和四十二)年の完成。長さ三二・三メートル、幅六メートルで、中津川地区の岩倉と高造路(たかぞうろ)をつなぐ。川を挟んでの対抗意識は薄く、かつては多くの子どもたちや登山者が往来した。

 橋の名称に「神」が付くことから「近くの岩倉神社と何らかの関係があるはず」と話す人は多い。生まれた時から橋の近くに住む同町岩倉、無職高橋文男さん(75)は「二代前の橋のころから『神明橋』と呼ばれていた。しかし、神社との関係を明確に話せる人は、聞いた限りではいない」と語る。

 神明橋からわずか八十メートルの場所に、白川の支流・小川入(こがわいり)川に架かる垢離(こり)橋がある。飯豊山に登る人たちが水垢離(みずごり)して身を清めてから山に登ったことから、その名が付いた。

 その様子を記した天保年間の資料も残り、飯豊登山の長い歴史を物語る。神明橋は、身を清めた人たちが一番初めに渡った橋でもあり、山頂を目指す人たちが踏みしめてきた。

2008/02/01掲載
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