やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>寒河江川後編 中上橋(西川)

寒河江川後編[12]

◆中上橋(西川)

中上橋(西川)の写真 農作業に向かう住民が利用する中上橋。以前はつり橋で、戦時中は出兵する住民が渡っていった

 西川町大井沢の中上(なかがみ)橋(全長五十メートル、幅五メートル)。渡った先には住民が育てるナナカマド、ワラビ、ワサビなどの栽培地が広がる。北に月山、南には朝日連峰が望め、ある住民は「大井沢で一番いい眺めの場所」と絶賛する。

 現在の中上橋が完成したのは一九八四(昭和五十九)年。トラクターなどの大型機械や、ダンプカーが通れるようにと、農業用の橋として西川町土地改良区が永久橋を架けた。それ以前はつり橋だった。

 橋のたもとで民宿を経営する佐藤正富さん(74)には、忘れられない思い出がある。

 太平洋戦争で出兵する大井沢の住民はつり橋を渡った。大井沢峠を歩いて越え、当時の七軒村(現在の大江町)を通って左沢線に乗り、山形駅に向かったのだという。「必ず勝ってきます」。橋のたもとには多くの住民が集まり、兵隊を見送った。当時、佐藤さんは小学生だった。「彼らは、どんな気持ちで橋を渡ったのだろうか」

 終戦間際には、橋の上空を戦闘機が飛び、月山の方角に向かったという。佐藤さんが寒河江川で遊んでいる時だった。「低空飛行だったから、『月山にぶつかる! ぶつかる!』と心配だった」と今でも鮮明に思い出す。

 現在、主に橋を使うのは農作業に向かう住民だが、町内会長らが子どもたちを連れて渡ることも。大井沢の歴史を伝えるために、橋を渡って、大井沢峠に登るのだ。その時はいつも、「兵隊さんが渡った橋なんだよ」と教えるという。

2009/05/26掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]