やまがた橋物語

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寒河江川前編[10]

◆あづま橋(西川)

あづま橋(西川)の写真 西川町の吉川地区と睦合地区を結ぶ「あづま橋」。かつては大人も怖がるほど揺れるつり橋だった

 あづま橋(長さ七十メートル、幅四-五メートル)は、西川町の吉川地区と睦合地区の国道112号を結ぶ。かつては大人も怖がるほど揺れる狭いつり橋で、地元住民が長く待ち望んだ現在の二代目は一九七四(昭和四十九)年に完成した。

 初代の橋は六〇年に架けられた。幅は二メートル強しかない上、強風が吹くと大きく揺れ、町の広報誌は「冬期間の通行は危険がいっぱい」と伝えている。橋のたもとに住む新宮隆さん(80)は「小さい子どもは怖いので、親としっかり手をつなぎ、泣きながら橋を渡った」と振り返る。当時、睦合には電車路線「山形交通三山線」の停留所や保育園があり、吉川の住民にとって橋は生活に不可欠の存在だった。

 狭い初代の橋は車も通れなかったため、永久橋架橋への願いは、車の普及に伴ってますます強まった。地元の元町議高橋安則さん(84)は、当時の建設大臣だった故木村武雄・元衆院議員の大臣室に、町議全員で陳情に行ったことを今も覚えている。高橋さんは、同じく町議を務めた高橋さんの父喜三郎さんと親子二代にわたり、橋の整備を訴えてきた。橋の名称の由来については、喜三郎さんから「西川町の東にあるから」と聞いているという。

 七四年に完成した現在の橋の渡り初めでは、地元住民の喜びが託された花火が打ち上げられ、笑顔が橋の上にあふれた。「地域の人はみんなとてもうれしそうだった」と高橋さん。今では国道112号へのアクセス道として、通勤や通学に大きな役割を果たしている。

2009/03/31掲載
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