やまがた橋物語

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最上川第4部[2]

◆大船木橋(朝日、白鷹)

大船木橋(朝日、白鷹)の写真 赤いアーチが山の緑と好対照をなしている大船木橋

 朝日町大船木の県道長井大江線と白鷹町大瀬の国道287号を結ぶ大船木橋は、鮮やかな赤いアーチが印象的だ。開通は一九八〇(昭和五十五)年。交通の利便性を高め、人口流出を食い止める希望の橋として、住民念願の架橋だった。

 かつては大船木地区の大淀集落に渡船場があり、対岸への移動手段は長い間、渡し船だった。大船木橋の上流約七百メートルに六四(同三十九)年、つり橋の大平橋が開通した。だが、大型車は対岸に渡ることができず、下流の旧昭和橋か、上流の黒滝橋まで遠く迂回(うかい)する必要があった。

 「主要産業だった養蚕が振るわなくなったこともあり、移転が進んだ時代だった」と大船木区長の佐藤幸信さん(65)は振り返る。七五(同五十)年ごろ、十-四十代の住民ら約二十人で「虹の会」を結成した佐藤さんは、農業視察や交流活動を進める一方、人口流出防止のため、新しい橋の建設を県などに訴え続けた。

 これらの活動が実り、県が総工費約四億二千万円で長さ百三十六メートル、幅六メートルの大船木橋を架けた。「橋の完成は住民への精神的な効果が大きく、この地区に住み続ける思いが強まった。地区を救った橋だった」と架橋の意義を語る。

 同地区では、二〇〇六年四月に地滑りが発生し、県道長井大江線の路面が崩落した。地区北部からは大船木橋への移動が不可能となっており、早期の復旧が求められている。

2007/07/03掲載
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