やまがた橋物語

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最上川第3部[6]

◆簗瀬橋(寒河江)

簗瀬橋(寒河江)の写真 親柱にアユがデザインされた簗瀬橋。下流にかつてやながあり、アユなどを捕獲していた=寒河江市中郷

 寒河江市の市街地から西に位置する柴橋、中郷の両地区を結ぶ簗瀬(やなせ)橋は、国道287号に架かる。長さは百五十四メートル。橋の南東にあたる中郷地区側の下流約五百メートルに、約六十年前まで“やな”があったことなどが名前の由来。浅瀬を利用し、川魚を捕獲した歴史を橋の親柱にデザインされたアユが伝える。

 橋は大江町左沢の中心部を迂回(うかい)する国道287号左沢バイパスの一部として、県が一九九一年に整備した。それまでこの付近に橋はなく、水田が広がっているだけだった。対岸へ渡るには下流の此(こ)の木橋か、上流の最上橋を利用した。橋の南側で果樹園を営む菅野美紀夫さん(48)=同市中郷=は「橋が完成し、対岸までの移動時間が十分以上短縮された」と語る。

 橋が架かる以前、やなの付近は子どもたちの川遊びの場だった。元市議の安孫子賢さん(79)=同=は「学校から帰るとすぐに川へ行き、カジカ捕りなどをして遊んだなぁ」と懐かしそうに語る。

 橋の真下からほど近い所には「船頭道(せんどうみち)」の跡が十メートルほど残る。江戸時代に物資を積んだ船を下流から上流に運ぶ際、船頭らが船に結び付けた綱を引き、川の両岸を歩いたという最上川舟運の名残だ。

 その道は急斜面の下にあるので下りて確認するのは難しい。代わりに、橋の南側には説明板が設置され、舟運時代の人と川のつながりを今に伝えている。

2007/05/21掲載
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