やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>最上川第1部 清川橋(酒田、庄内)

最上川第1部[6]

◆清川橋(酒田、庄内)

清川橋(酒田、庄内)の写真 赤い三連のアーチが印象的な清川橋。酒田市松山地域と庄内町清川地域を結ぶ

 山あいの最上川が大きく蛇行している場所に、真っ赤な三連アーチ橋が架かっている。酒田市成興屋と庄内町清川を結ぶ一般県道大沼新田清川停車場線「清川橋」だ。

 下流にある最上川橋とともに、架橋場所をめぐる争いがエスカレートし、最上川橋と清川橋の二つの橋を同時着工することでようやく決着したエピソードがある。完成は最上川橋より四年遅れの一九六九(昭和四十四)年。交通荷重十四トンを想定した二等橋で、延長は三九一・八メートル、車道のみの幅六メートル。

 この橋のすぐ近くで、月山を源流とする立谷沢川が合流する。一帯は幕末の戊辰戦争の際、官軍と庄内軍が激しい戦いを展開した古戦場の一つ「清川口」があり、両軍の墓などが今もある。

 幕末に尊王攘夷(じょうい)派とともに、後に「新選組」発足につながる「浪士組」をつくったとされる尊王討幕の先駆け、清河八郎の遺品などを集めた清河八郎記念館もある。

2007/01/16掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]