やまがた橋物語

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馬見ケ崎川編[3]

◆天神橋(山形)

天神橋(山形)の写真 橋のたもとにパイプの腰掛けが設置され、しゃれた雰囲気の「天神橋」は平成生まれ=山形市天神町

 山形市の千手堂と天神町の両地区を結ぶ天神橋(九十八メートル)は、一九九四年に架けられた。幅は約十五メートルで、二・五メートル幅の歩道が両側に設けられており、橋の両たもとにパイプで作られた腰掛けを設置した憩いの空間がある。

 「以前の橋は少し下流側にあった」と橋の西側の天神町に住む伊藤保さん(76)が話す。伊藤さんはこれまで二回、天神橋の架け替えを見ているという。昔は県道が現在の橋の北西に立つ山形七中の方向に延びていた。先代までは木橋で、車が少ない昭和三十年代の後半は主にオート三輪と呼ばれた小型の三輪トラックが行き来した。

 その後、河川改修に伴って道路が南に移されたため、上流側に架け替えられたのが現在の橋だ。同時期に整備された「馬見ケ崎川天神町公園」は、以前の河川を埋め立てた場所にある。

 「橋の下流側がすごく深くなっていて橋から飛び込んで遊んだもんだ」と橋の東側の千手堂に住む木嶋正一さん(83)が懐かしむ。橋周辺の河原の砂利は良質で、戦前は建築用として採取して生計を立てた人もいたという。

 木嶋さんが忘れられないのは一九四三(昭和十八)年の洪水だ。「確か八月だったと思うが、橋が浮いたと思ったら舟みたいにぷかぷかと流れだした。そのうち何十メートルか先でダーンとひっくり返り、さらにどんどん流されていった」と話す。山形地方気象台の記録によると、この年の八月十三、十四の両日は、どちらも激しい雨が降っており、この時の出来事のようだ。

2009/01/29掲載
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