やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>前川編 喜多松橋(上山)

前川編[2]

◆喜多松橋(上山)

喜多松橋(上山)の写真 橋の中央部に橋台が構築され、強固な造りとなっている喜多松橋=上山市北町1丁目

 上山市北町地区に架かる喜多松橋(全長23メートル)は1960(昭和35)年、上水道建設事業の一環として建設された。送水管を兼ねており、洪水による損壊を防ぐために橋の中央部にも補強用の橋台を構築するなど、強固な造りとなっている。

 35年までは、杉の丸太を渡した一本橋が架けられていた。当時は川の西側に住宅地、東側に水田や畑地が広がっていた。もみや米を運ぶための荷車やリヤカーが通過できるようにと、40年に地区の農事実行組合のメンバーと住民らが土橋を構築。だが、その1年後、洪水で橋は真っ二つになって流されたという。

 喜多松橋の完成後、一帯は宅地の造成が進んだ。地区住民の工藤龍竝衛さん(76)は「橋ができてから車が急激に増えた。至る所で車同士が擦れ違うのに苦労していたのをよく覚えている」と振り返る。

 橋の名称の由来については、地区住民の間でも謎とされている。地名・北町のなまった発音「きたまつ」を踏まえて「喜多松」と当て字にしたという説が有力だが、誰がいつ名付けたかは地区に伝わる文献にも残っていない。現地区会長の伊藤健さん(72)、元地区会長の鈴木喜三郎さん(82)にも真相は分からないというが、「縁起が良い字だ」と住民は納得しているようだ。

 かつての前川はバイカモの花が咲き、ホタルが舞う清流だった。だが、民家からの雑排水の流入で流れがよどみ、「それらはたちまち消えてしまった」と鈴木さん。それでも、近年は下水道の整備やアシの植栽などで流れは清らかさを取り戻しつつある。昨夏、喜多松橋の下で舞う1匹の小さなホタルを見つけたという鈴木さんは「少しずつきれいに戻っているんだべな」とほほ笑んだ。

2010/03/03掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]