やまがた橋物語

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京田川編[4]

◆山田橋(酒田)

山田橋(酒田)の写真 酒田市広栄町と庄内町西野にまたがる山田橋。山形県の「山」と京田川の「田」を取り、この名が付いた

 酒田市広栄町と庄内町西野にまたがる「山田橋」は長さ134メートル、幅6.5メートルのコンクリート橋。京田川の増水による水害に悩まされてきた周囲の住民が開通を待ち望んでいた橋だ。

 地元住民によると、1935(昭和10)年に現在よりも約250メートル上流に、初代の木橋が完成した。佐賀恵(さがえ)橋と呼ばれていたが、44年に大雨の洪水で流失。この時、橋の西側、酒田市広野の上中村集落も浸水し、この土地に長く住む黒田俊子さん(80)は「屋根の上に避難した」と振り返った。

 2代目も木造で、増水時は危険で渡れないことが多かった。大雨が降ると山田橋の東側に位置する板戸、門田両地区の住民は国道7号に出られなくなり、「陸の孤島」と呼ばれることも。コンクリート橋の開通は悲願だった。

 水害に悩まされない現在の橋が完成したのは昭和も終わりに近づいた82年。渡り初めの日、俊子さんはまだ小さかった孫を連れて出掛けた。各集落の人たちが橋を埋め尽くすように歩き、開通を喜ぶ笑顔であふれていた。

 名前の由来がシンプルで面白い。山形県の「山」と京田川の「田」を取って山田橋。工事を発注した県が名付けた。俊子さんの夫で、元酒田市議として橋の建設に奔走した弘さん(85)は「当時、多くの橋が開通していたが、後世に残るから名前をめぐってもめることが多かった。だから誰もが納得できるよう、あえて簡素な名前にしたのではないか」と笑った。

2010/01/15掲載
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