やまがた橋物語

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京田川編[3]

◆新広田橋(酒田)

新広田橋(酒田)の写真 酒田大火と同じ年に完成した新広田橋。開通直後から重要な役割を果たした=酒田市

 鶴岡市や三川町方面から酒田市街地に向けて国道7号を行くと渡るのが「新広田橋」(長さ104メートル)で、酒田大火が発生した1976(昭和51)年10月に開通した。最上川に架かる新両羽橋へとつながり、人と物の交流に果たす役割は大きい。

 73年の着工当時、近くに広田と呼ばれる集落があった。国道7号と47号が接続する現在の広田インターチェンジ付近だ。住民たちは両羽橋や初代広田橋の工事のたびに移住を要請され、その時も集落を離れることを拒む家が10軒ほどあったという。

 下部工の工事は酒田市の建設会社「丸高」が担当した。OBで工事の作業所長だった小山寿之さん(72)=同市黒森=は「騒音や振動で迷惑をかける、と住民に説明することから毎日の作業が始まった」と話す。近い家は現場から50メートルほどしか離れておらず「ガラス窓にひびが入った」「台所の棚から食器が落ちてきた」と苦情が絶えなかった。小山さんは「つらかったが、橋を通して地域に貢献したかった」と懐かしむ。

 小山さんらによれば、渡り初めが76年11月2日に予定されていた。だが、10月29日に酒田大火が発生。市中心部を焼く未曾有の災害に市民はそれどころではなくなった。一方で、この橋は大火の被災者向けの支援物資を市内に運び入れたり、火災で大量に出たがれきを運び出したりと、開通直後から重要な役割を果たすことになった。

 「渡り初めが行われなかったのは残念だったが、開通は絶好のタイミングだったのかもしれない」。小山さんは静かに振り返った。

2010/01/14掲載
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